UKダンスシーンに不可欠だったアリシア・キーズの傑作

Column

 UKの、とりわけロンドンのアンダーグラウンドなダンスシーンでUSのR&Bが借用されることがままある。それはひとつ(?)の作法のようなもので、R&B のヴォーカルが回転数を間違えたかのごとくピッチを上げ(あるいは下げ)、ときには引き伸ばされ、切り刻まれ、もはや原型を見いだすことすら難しいくらいに変形することさえあった。その——ときに過剰にも思えるような手法は、元となるヴォーカルの所在をひた隠しにするような意図ではなく、むしろ音への新鮮な試み、あるいはサンプリングという手法によって新たな物語や感覚を作り出す”好例”ですらある。

実際の”好例”をすこし挙げておこう。もっとも知られたところはロンドンにおけるポスト・ダブステップ、とりわけブリアルがマイケル・ジャクソンデスティニーズ・チャイルドを拝借してよりメランコリックに、よりダウナーに変化させたし、そのブリアルを聴いていた世代であるジェイムズ・ブレイクはアリーヤケリスを半ばいかれたようなサンプリングをして、その楽曲は00年代を象徴するダンストラックのひとかけらとなった。

そして今回紹介するアリシア・キーズ、彼女はUSのR&Bシンガーでありヒップホップとも接続できるようなスター的人気を誇るミュージシャンだが、その彼女のセカンドアルバム『The Diary Of Alicia Keys』は、UKのダンスシーンにおいてもっとも重用されたサンプリングネタのひとつで、つまり数々のDJやプロデューサー、もしくはアンダーグランドなダンスシーンにおけるR&B の偏執狂たちを虜にし続けている傑作だ。

 ことの始まりは、ダブステップの最重要人物であるマーラによる「Alicia」と呼ばれる楽曲。12インチでしかも片面プレスのホワイトラベルという無骨きわまりない装いは、これがダンスフロアで機能させることを最上の目的としたDJによるDJのための至極のトラックであった、ということは言うまでもない。「Alicia」の元ネタは「Feelingm U, Feeling Me」で、これはアルバムのシングルカットどころか、曲間をつなぎアルバムとしての統一感を演出するための2分足らずのインタールードでしかなかった。それにもかかわらず「Alicia」はロンドンにおけるダブステップというシーンのひとつの代表的な楽曲となったのだ。

それ以外にもこのインタールードはモール・グラブがよりローファイに「Can’t」としてサンプリングしたり、あるいはCVERの同タイトルによってよりスマートに解釈されていたりする。モール・グラブのほうは『Sun Ra EP』に入っているが「Can’t」含めとても良いEPだ、デジタルにもあるのでぜひ聴いてみてほしい。今はレイヴっぽくなっているがこの頃はストレートなローファイハウスを展開していた。またCVERのほうは同曲のリミックスが3曲入りでリリースされているが断然デルフォニックによるものが良い。ちなみに2004年にはアリックス・アルヴァレスというDJがすでにリミックスを手がけていたりする(これはDiscogsでディグっていたときに偶然見つけた) マーラの「Alicia」は2007年なわけでそれよりも早い。こちらは原曲をそのまま引き伸ばして四つ打ちのビートにトライバルなパーカッションを追加している。

以上のようにもっとも有名な「Alicia」をはじめ、ダブステップという枠を超えてアリシア・キーズのインタールードは数多くのDJやプロデューサーにインスピレーションを与えてきたわけだ。

 かつて〈Plastic People〉というクラブがあり、そこではマーラをはじめとしたダブステップの中心人物がパーティを開き、のちのUKにおける後進のDJやプロデューサーたちに多大な影響を及ぼした。〈Plastic People〉はダブステップにおける台風の目であり、その渦中にあった思い出深い音のひとつが「Alicia」だったのだろう。ダブステップというシーンにおいて、マーラ(あるいはデジタル・ミスティックズ)において、そしてロンドンのその街角にあった〈Plastic People〉という名誉高いクラブにおいて、「Alicia」は大切な音であった。それはフォー・テットとフローティング・ポインツによるこのクラブのクロージング・パーティでのプレイを聴けば明らかだ。この音はロンドンのクラブをからはじまり、そしてBen UFOが大阪の〈Factory〉のクロージングとしてプレイしたことでついには海をも越えたのだ。

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