名前をつくる(あるいは授かる)ということは何を意味するのでしょうか。名前というものについて考える機会はそうそうないが、自分の記憶を辿ってみると、たしか小学生の頃に自分の名前の由来について両親から話を聞き、それをみんなで発表し合うという課題がありました。ある人は画数というまるで願掛けのような発想から、両親の名前から一文字拝借する発想、はたまた予想だにしない奇想天外な発想まで、そこには文字通り千差万別の由来がありました。友達の様々な由来を聞いたこの経験によって、当時の自分がはっきり理解したことがあります、それは“名付ける”ことはただ事ではないということです。
それは翻ってミュージシャンが自分を名付けることにも同じように言えるでしょうか?。評論家から痛烈にも”daft”(訳:マヌケ)と評されたフランス人のふたり組は、この批判のフレーズを気に入り、皮肉るかのようにダフト・パンクを結成、いまだにハウス・ミュージックをルーツとする偉大なデュオとしてその名を轟かせています。またインドを出自とするあるイギリス人は、自身の所有していたオブスキュアなジャズのレコードからそのまま拝借するという安直な発想で、自身をフォー・テットと名乗りました。また、そもそも楽曲をリリースするまで自身の名前が決まっていないことだってあります、リリースされる曲がソウルっぽいブラックミュージックなのに当の本人はスコットランドの白人であることはおかしいと考えた青年は、より曖昧な名前として自身をカルヴィン・ハリスと名付けました。
このように、ミュージシャンのネーミングとは出生名よりも(当たり前ではあるが)、より打算的でより気軽で、ときにはユーモアを伴ったものでありました。しかしこういったネーミングにはときに賛否両論や批判を巻き起こすことだってあるのです、今回のBlack Lives Matter運動(以下BLM)では、改めて黒人対白人の対立が浮き彫りとなり、それによって彼らのステージネームが改めて検討されることによって批判を巻き起こし、ついには改名に迫られるという事態が起きました。
まずはなんと言っても大御所のジョーイ・ネグロでしょう。自身のレコードコレクションにあった敬愛するパル・ジョーイとウォルター・J・ネグロにちなんで名付けられた名前は、30年間に渡って彼のステージネームとして使用され続けました。もちろん年を追うごとに白人である彼がネグロ(スペイン語で黒人を意味する)と名乗るのは不自然だと感じ別のステージネームを試みましたが、ジョーイ・ネグロとして築き上げてきたものをイチからやり直すことは容易ではありませんでした。そこから2020年を契機として、この名前を使い続けることは”unacceptable”(看過できない)とされました、そして彼は今後は自身の出生名であるデイヴ・リーを使用することを決断したのです。
“My whole life has been about music
but particularly black music, I love soul, funk, disco, jazz in a way
that’s impossible for me to articulate in words
and I have tried to champion it with the best intentions. “
“私の人生すべてが音楽で
特に黒人の、ソウル、ファンク、ディスコ、そしてジャズへの愛があり
それらについて明確な言葉で表現するのは不可能です
そして私は誠心誠意それらを擁護してきました“
https://www.facebook.com/daveleezr/posts/10158970523799947
またブラック・マドンナも同様に改名を決断します。彼女の家族は敬虔なカトリック教徒であり、純粋な信仰心から黒い聖母にちなんでブラック・マドンナと名付けられたのです。彼女はステートメントにおいて今後はブレスド・マドンナとして活動することを決意しました。
“we all have a responsibility
to try and affect positive change
in any way we can.“
“私達はみんなできる限りどんな方法でも、ポジティブな変化を起こす責任があります”
https://twitter.com/Blessed_Madonna/status/1285155193756291074
UK出身でドイツを拠点とするDJ、マーク・ホーキンスも自身のステージネームであるマーカス・ホークスを捨ててこれからは出生名で活動することを決断。このステージネームについて他意はないとしつつも、それを使用したことによって引き起こされたネガティブな反応に対してはいかなる責任も負うと表明。彼はウィル・ソウルによる[Aus Music]から数々のクラブバンガーをリリースし、現在ではロンドンにおける指折りのクラブであり、レーベルでもある[Houndstooth]からもリリースするベテランDJでありますが、8年間に及ぶステージネームの使用をやめ、今後はマーク・ホーキンス名義でのみリリースを行うと決めました。
“Life is a constant learning experience,
and as times change and things move forward,
what once seemed innocent can come across as inappropriate.“
“人生とは絶え間ない学びの経験です
そして時が過ぎ物事が前に進めば
一度は他意のないことだと思われたものでも
容認できないとされてしまう可能性はあります”
https://www.facebook.com/HoundstoothLBL/posts/1786313854843654
ステージネームとは一種のブランドであり、単なる名前ではあるがそこには目に見えない大きな意味や価値を内包しているものです。ささやかなひらめきや出来の悪いユーモアによって着想を得たものであったとしても、重要なものに変わりはありません。以上に挙げた3人のDJはそれにもかかわらず2020年以降の来たる時代のために、ポジティブな影響を与えるために苦しい決断を下したのです。それこそ”人生とは絶え間ない学びの経験”なのです。