Jamie XX『In Colour』

Album

 ジェイミー・スミスことジェイミーXXによるファーストアルバムはバンド編成では見せる機会のなかったDJとして、またビートメイカーとしての彼のレンジの広さを真に証明した。とりわけハウスを始めとしたダンスミュージックへの愛があり、またブリアルから連なるロンドンのメランコリー的な感覚を漂わせながら、素晴らしいラッパーやヴォーカル陣によって裏打ちされた抜け目のないポップネスすら獲得している。そして極めつけは、随所に散りばめられた芸術的なサンプリングの技巧だ。

 このアルバムのキーポイントは間違いなく彼によってなされた”サンプリング”。これには〈Pitchfork〉のレビューにおける素晴らしい指摘を引用しておきたい。

The sampler is a memory machine. memory is one of the device’s key specs, measuring how much sonic information it can hold in its “mind” at once—but also as a metaphor. When you capture and play back a sound, transposing it to a new context, you are “playing” the memories that have attached themselves to the original piece of music as much as you are playing a particular piece of sound.

サンプラーとは記憶装置だ。記憶とは鍵となるスペックのひとつで、一回でどれほどの音情報をその”心”に包括できるかを計っている。そして同時にメタファーでもある。音を捉え、新しい文脈へと変化させプレイバックする時、特定の音を演奏するのと同じように、元の音楽へと紐付かれた記憶を”演奏”している。

https://pitchfork.com/reviews/albums/20458-in-colour/ (Text By Mark Richardson)

ある音はそれぞれの記憶を有する、それは人の感情や状況に依拠するもので、同じ音でも各々による千差万別の記憶があるということだ。いいサンプリングとは––使い込まれた大ネタであろうと、あるいはとっておきのオブスキュアなネタであろうとサンプリングした者による音への記憶や感情がまるで霊感のように宿り、それが新たな文脈へと組み込まれることによって、原曲をただ単に聴いたときとは全く別の、もしくはそれ以上のなにかを喚起させることにある。

「Loud Place」ではバンドメイトのロミーをヴォーカルに据え、ザ・XXのセカンドにおける物悲しさをさらに深化させたムードに仕上がっておりながら、ピークにはアイドリス・ムハンマドの「Could Heaven Ever Be Like This」をサンプリング。あくまで中心にあるのはジェイミーによるサウンドメイキングだと言わんばかりの構成は、いかにして彼がサンプリングという技法をうまく取り入れたかがうかがえる。

あるいは、ジェイミーが「Sleep Sound」においてアリシア・キーズをサンプリングし、原曲にあるR&Bのアップテンポなグルーヴを消し去り全く別のメランコリアへと変換させたことは、ブリアルがマイケル・ジャクソンやデスティニーズ・チャイルドといったUSのR&Bをサンプリングし、それらを彼の記憶や感情をもってして自身のいうところの”雨のときに感じる気分”を表現したのとちょうど同様のことだ。ジェイミー自身の記憶や感情によって、サンプリング元の音楽が全く新しいなにかへと変化した”良いサンプリング”のこの上ない好例だろう。

またサンプリングは”手がかり”でもある。それは音楽がどこへと繋がっているかという”手がかり”であり、ジェイミーというミュージシャンがどこから来たのか、という”手がかり”だ。

「Girl」からはラリー・レヴァンのお気に入りでもあるディスコ・トラックをサンプリング、ジェイミーがDJセットでドン・レイを度々プレイするように、あるいはダリルホール&ジョンオーツのようなポップソングを好むように、彼のアメリカのディスコミュージックに対する憧憬は並々ではない。

また、故・飯島直樹氏が言及するように”すべてはジャングル・ウォーがきっかけだった”。「Gosh」ではジャングルのクラシックからサンプリング。「Hold Tight」や今作と同時期にリリースされたシングル「All Under One Roof Raving」では、それぞれUKガラージのドキュメンタリーから音声をサンプリングした。ジェイミーのルーツが常にジャングルやUKガラージといったUKのアンダーグラウンドなクラブシーンにあることが、ここから如実に読み取れる。

 今作を馴染みのバンドメイトたちやポップカーン、ヤング・サグといったラッパーを招聘した、出来の良いポップス・アルバムとして評価することもできる。しかし今作においてもっとも見落とすべきではない点は、芸術とまで形容できるレベルに昇華されたサンプリング・ミュージックとしてのクオリティだ。この手の音楽はもっぱらヒップホップというイメージ(DJシャドウ『Endtroducing』やDJクラッシュ『strictly turntablized』がその記念碑的作品)が強いが、同じくクラブ・カルチャーもこのサンプリングを重用してきたジャンルだ。

ジェイミーの今作はその点で明らかに抜きん出ている、サンプリングのもつパワーを存分に活かしながら、彼自身のじつにプライヴェートな音楽としても完成させている。僕たちはまずこの音楽を一聴して”かっこいい”とかあるいは”チルだ”とか思うだろう、それは各々の曲がもつムードで、いわば僕たちはジェイミーの感覚を受け取っていると言える。そこからサンプリングによって散りばめられた”手がかり”が、そこに僕らの想像を超えた広がりや深みをもたらす。〈WhoSampled〉で一通り元ネタがわかったとしても集中力が続けば”手がかり”から始まる旅は無限大だ。

そうしてずっと音楽を右往左往しているうち、この音楽も最初の”チル”とかいう表面的な感想とはまた違った言葉が生まれてくるだろう。ひとしきりこうやって掘ったあと、僕は金を貯めて3ヶ月弱ほどイギリスを周遊して、ロンドンの夜にひとりで歩きながらよく聴いていた。そこでは、いわゆる「I Know There’s Gonna Be」といったシングルカットよりも、「Hold Tight」や「The Rest Is Noise」といったインストのほうが心地よくフィットのをおぼえている。そのロンドンの夜の感覚を言葉で表せば、もちろん”チル”だったのだろう。しかし初めて聴いた、一聴したときの”チル”と、サンプリングによって多くの音の手がかりを探した後のロンドンでの”チル”には背後にまったく別種のものが潜んでいると思うのだ。そこにサンプリングの素晴らしさ、パワー、魔法があるのではないかと思う。何事も即興的なものがもてはやされる時代においてそういう聴きがそぐわないことは承知だ。しかし今作は、そういった聴き方が大切にされなければならない、というジェイミーによるメッセージにも思える。

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