イシュマエルことピート・カニンガムは自身がリーダーを務めるジャズグループ、イシュマエル・アンサンブルとしての活動が目立つかもしれない。確かに2017年のEPが〈BBC〉のジャイルス・ピーターソンにプレイされて以来、ジャズメンとして、サックス奏者としてのピート・カニンガムがフックアップされるようになっていき、今や名門ブルー・ノートによる話題の『Re:Imagined』にも参加していたりと、もはやDJとしての面影はあまりないように思える。

しかしここで注目したいのは、過去に彼がUKハウスの[WOLF Music]から新鮮、ディープでジャジーなハウス・トラックを提供していたという事実であり、今回ご紹介するイシュマエル名義の『Time & Time Again』も、確かな品質のジャジー・ハウスを提供し続ける[Church]からリリースされ、DJユースで極上のハウス・ミュージックに仕上がっている点だ。

 ごく単純な––しかしクラブ・カルチャーらしいスタンプ・ラベルという無骨なデザインのこの12インチレコードには、無論、イシュマエルのジャズミュージシャンとして、サックス奏者としての知恵がふんだんに織り込まれており、この彼の持つジャズの要素が、まったく畑違いのハウス・ミュージック、クラブ・ミュージックへと見事に変換されている点が今作の白眉だ。

タイトルトラックである「Time & Time Again」は何もしたくない怠惰な日曜のレイドバックした感覚によく似合う、メッセージを伝えるのではなく何かがそこにあるという抽象的な感覚を想起させるような大気的なヴォーカルのサンプル、繰り返されるローファイな質感を伴ったピアノ、そこにまるでザッピングするかのように突飛なノイズが差し込まれ、そして、できる限り滑らかに入ってくるのにもかかわらず、これが主役だと一聴して確信させる説得力を持ったサックスの音色が浮かび上がる。

次の「Cold Comfort Farm」はより軽い。それはネガティヴな意味ではなく、トラックに空間的な隙間をもたせることによって、ひとつひとつの音使いにより重要な意味を持たせる点で、タイトルトラックとは違った魅力を生み出しているということだ。ハイカットされたエレピを土台としながらキックとハットの極めてシンプルなビートが進行し、ディレイさせたクラップを合図としながらひとつのヴォーカルサンプルがリズムを創出する、シンプルながら魅力的なトラックに仕上がっている。

 イシュマエルの愛はすでに(いや、ずっとかも)ジャズにある。しかし彼がUKのブリストル出身であり、この街がトリップ・ホップの伝説を生んだ場所であること、そしてここでは独自のクラブ・カルチャーが脈々と受け継がれていること、それらを勘案すれば彼をジャズとハウスをクロスオーバーする(していた)存在として位置づけるのもごく自然のことだ。彼の大きな影響源がYMOのような日本のテクノ・ミュージック、そしてデトロイト・テクノのレジェンドであるカール・クレイグをカヴァーしていることからも、ジャズへの愛と同様に、クラブ・ミュージックへの愛が並々ならないことは容易に想像できる。

 今作は、思わずダブルクォーテーションを付けてしまいたくなる、そんないわゆるな”ジャジー・ハウス”ではない。確かなクオリティを有した正統なジャジー・ハウスだ。〈YouTube〉におけるいわゆる”Chill Mix”であるとか、”Jazzy House Mix”だといったものを軽蔑するタイプの人間は敢えてこういったトラックは避けるのかもしれない、だがイシュマエル・アンサンブルにおける彼の確かなジャズへの才覚、そして同時にクラブ・ミュージックに対する才覚、それらを見事にひとつのトラックへと昇華する彼の感覚は見事というほかない。

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